スプリンターズステークスがG1に格上げされたのは1990年。
日本では初めてとなる,6ハロン(1200m)で争われる短距離戦のG1レースでした。
G1になったスプリンターズステークスでは,これまで数多くの短距離王者が登場し,ターフを沸かせてきました。
今回はスプリンターズステークスの歴代優勝馬と優勝騎手について紹介します。
1:スプリンターズステークスの歴代勝ち馬
歴代勝ち馬①:サクラバクシンオー
スプリンターズステークスの、そして日本競馬史における短距離戦線の歴史を語る上で、サクラバクシンオーの存在を無視する訳にはいきません。
「桃、白一本輪、袖桃」という「サクラ」の勝負服に小島太騎手が乗る馬と言えば、これまでも数多くの歴史を作ってきました。
1986年の天皇賞(秋)を優勝したサクラユタカオーもその1頭です。
そのサクラユタカオーを父に持ち、同じく現役時代はサクラ軍団の一員だったサクラハゴロモが母というサクラバクシンオーは、これまでの「サクラ」の馬にはない特徴を持つサラブレッドでした。
生涯成績は21戦11勝。
この11勝はいずれも1200m戦か、1400m戦という短距離戦でマークしたものだったのです。
そしてスプリンターズステークスでは、1993年と1994年に連覇を果たします。
1994年のスプリンターズステークス優勝を最後に、サクラバクシンオーは現役を引退しますが、引退後も種牡馬として、ショウナンカンプ、グランプリボス、ビッグアーサーといった活躍馬をターフに送り込みました。
日本競馬界に「スピード」の重要性を教えるきっかけとなったサラブレッド、それがサクラバクシンオーだったのです。
結果的にスプリンターズステークスというレースの価値を高める役割も果たしました。
今日も日本競馬界では、サクラバクシンオーのスピードを受け継がれた馬たちが数多く走っています。
歴代勝ち馬②:ダイタクヤマト
スプリンターズステークスの歴史の中で、最も波乱となった年は2000年と言って間違いないでしょう。
勝ったのは、16頭立ての16番人気、つまりシンガリ人気だったダイタクヤマトでした。
単勝馬券の払戻金は25,750円。
2万円を超える単勝万馬券となったのです。
大波乱を演出したダイタクヤマトですが、それまでは重賞競走では2走前の函館スプリントステークスでの2着という成績が最高でした。
つまり、このスプリンターズステークスでの勝利が重賞初勝利だったのです。
そして、1992年のスプリンターズステークスで1番人気に支持されながら4着に敗れた父ダイタクヘリオスのリベンジを果たすかのような勝利でした。
波乱の決着となった2000年のスプリンターズステークスですが、その裏では興味深いドラマがあったのです。
歴代勝ち馬③:サイレントウィットネス
スプリンターズステークスは1994年から外国馬も出走可能となりました。
現在は国際G1競走となっています。
これまで様々な外国馬が来日しましたが、2005年のスプリンターズステークスには中山競馬場内の雰囲気を大きく変えてしまうほどの外国馬が来日しました。
その馬の名はサイレントウィットネス。
香港競馬界におけるスターホースで、香港では無敵のスプリンターでした。
デビューから17連勝を記録したこともあります。
当日の中山競馬場には、香港からも多数のファンが駆け付け、普段とは全く異なる雰囲気に包まれていました。
迎え撃つ日本勢も、デュランダル、アドマイヤマックス、カルストンライトオといったG1馬たちだったのですが、こうした強豪たちを全く相手にせず、サイレントウィットネスは2着以下に1馬身1/4差をつけて快勝したのです。
勝利の瞬間、香港から駆け付けたファンたちは歓喜の声を挙げました。
その様子を見た日本のファン達も、この馬が香港競馬界において特別な存在であることを知るきっかけとなったのでした。
歴代勝ち馬④:ロードカナロア
競馬歴の浅いファンの方にとって、ロードカナロアは「アーモンドアイの父」という印象が強いかもしれません。
確かにアーモンドアイをはじめとして、多数のG1馬をターフに送り出している人気種牡馬であることは間違いありません。
しかし、こうしたG1馬たちに受け継がれているのは、ロードカナロアが現役時代に培ったスピードなのです。
ロードカナロアは、2012年と2013年のスプリンターズステークスを連覇しています。
他にも2021年の香港スプリント、2013年の高松宮記念、安田記念、香港スプリントを優勝しています。
短距離戦線でひとつの時代を築いたサラブレッドだったのです。
現代の競馬において、「スピード」というファクターがどれほど重要なのか、ということをロードカナロアは現役時代、そして種牡馬として送り出した産駒を見れば明らかであるというのは、決して過言ではありません。
2:スプリンターズステークスの歴代勝利騎手
歴代勝利騎手①:大西直宏
大西直宏元騎手というと、サニーブライアンで優勝した1997年の皐月賞、そして日本ダービーの印象が強いと思われます。
同騎手のG1勝利というと、この2勝のみと思っている方も多いかもしれませんが、もうひとつあります。
それが、カルストンライトオで制した2004年のスプリンターズステークスだったのです。
大西直宏元騎手は関東・美浦トレーニングセンターの所属でした。
サニーブライアンは所属厩舎の管理馬だったのですが、カルストンライトオは栗東トレーニングセンターに所属する関西馬でした。
しかし、カルストンライトオが優勝した2002年と2004年のアイビスサマーダッシュ、そしてこの2004年のスプリンターズステークスは大西直宏元騎手の手綱でした。
2004年のスプリンターズステークスは、不良馬場の中で逃げ切り勝ちを決めた形でした。
スタートダッシュのいい馬でしっかりとスタートを決め、自らがレースの主導権を握る形で押し切り勝ちを決める。
この形はサニーブライアンも、カルストンライトオも同じでした。
地味ながら、スタートセンスの良さが魅力的なジョッキーでした。
歴代勝利騎手②:上村洋行
騎手にとって、G1勝利というものは大きな勲章です。
G1を勝っているのか、いないのかで、騎手人生は大きく変わると言っても過言ではありません。
スリープレスナイトが優勝した2008年のスプリンターズステークスも、ある騎手の人生が大きく変わったレースでした。
ゴール板通過後、スリープレスナイトの手綱を取っていた上村洋行元騎手(現調教師)は号泣しながら引き揚げてきました。
これが初めてのG1勝利だったのです。
目の病気により、手術を余儀なくされるなど、順風満帆とは言い難い騎手人生でしたが、デビュー17年目でようやくG1ジョッキーの仲間入りを果たしたのでした。
2014年に引退し、現在は調教師に転身しています。
今はG1トレーナーの称号を獲得すべく、奮闘の日々を過ごしていることでしょう。
3:スプリンターズステークス歴代のレース傾向
スプリンターズステークスというレースの傾向を知りたい人は、1992年と1993年のレースを振り返ることをオススメします。
いずれも、このG1レースが持つ特色がよく現れたレースでした。
1992年は前走でマイルチャンピオンシップを連覇したダイタクヘリオスが単勝オッズ1番人気に支持されましたが、4着に敗れました。
翌1993年は、安田記念を連覇し、天皇賞・秋で3つ目のG1タイトルを獲得したヤマニンゼファーが単勝オッズ1番人気でしたが、2着でした。
当時のスプリンターズステークスは今と違い、年末に行われていましたので、マイル戦線や中・長距離戦線から参戦してくる馬もいたのですが、6ハロン(1200m)戦特有のスピードに戸惑い、実力を発揮できずに終わる馬も珍しくありませんでした。
9月末から10月初旬の開催に変わり、安田記念から直行の形でスプリンターズステークスで結果を残す馬も見られますが、こうした馬たちの多くは既に6ハロン戦でも適性の高さを示すレースぶりを見せるケースも珍しくありません。
つまり、過去のレースぶりから6ハロン(1200m)戦への適性を見極めることが、スプリンターズステークスの馬券を的中させる大きなポイントだということが言えそうです。